最近ずっと、トイレに荒川洋治の詩集を置いている。
一日一回は読むことになる。
読むごとにぞくぞくとさせられる。
荒川はずっと、ラディカルだった。
現代詩というものと闘ってきた(そしてその結果、現代詩そのものになってしまった)。
言葉の齟齬・行間の沈黙・行間内の「移動」を、徹底的に研磨してきた。
読んでいると本当に、震え上がってしまう。
※
現代詩というものが昔、あったのだ。
それが今、本当に廃れてしまった。
そのことが悲しい。
君は、高橋源一郎の「さようならギャングたち」や「ジョン・レノンVS火星人」を読んで、詩だと思うか?
それとも、小説だと思うのか?
※
僕は、一時期シナリオライターをやっていたし、大学院で美術研究だってやった。
その頃、政治やコミュニティと、文化の密接な関係を感じた。
言葉は、政治なのだ。
政治そのものなのだ。
言葉が、今、簡単になってしまった。
政治も、流行ものになってしまった。
そのことが悲しい。
君は、荒川洋治を読んだか?
言葉が、薄暗闇の中にいたころの、真摯な言葉を、聞いたか?