はっとり浩之オフィシャルブログ

2010年7月29日

カメラは万年筆である。

カテゴリー: 未分類 — hattori @ 12:25 AM

電車に乗っていたら、駅名の下に、ローマ字で読みが書いてある。例えば、出町柳なら、DEMACHIYANAGIである。日本語をローマ字に直すのは、すごく単純だ。読みをそのまんま、直す。

ん? でも、ちょっと待てよ。

日本語の「発音」は、元来、「ローマ字対応していない」。なのになぜ、単純に直すことが出来るのだろう。いや、ヘボン式がどうとか、長い伝統があるわけなんだけどね。でもでも、ちょっと思い出してくれ。例えば、レオナール藤田は、フランスでどう表記していた?Foujitaじゃなかったっけ?そうだ、我々が、フジタと発音して、「どう聴こえた?」とアルファベット文字を使う人々に尋ねると、Foujitaになる可能性だってあるわけだ。かように、発音というのは、実は、可能性の幅がある。むしろ、アルファベット化された日本語が、街のいろんな看板に氾濫するようになって、発音はそれに引っ張られて統一化されて行った、という側面は、ないだろうか?アルファベッドによる「読みがな」が一般的に可視化されやすい状況以後と、それ以前で、日本語の発音は、ずいぶんと変わってはきていないだろうか?いや、そんなことだけに、引っ張られるわけはないんだろうけど。でも、要素として、そういうのも、あるんじゃないのか。

で、なんとなく、家に帰ってきて、鈴木慶一と山崎まさよしと、ドラゴンアッシュと古い講談とを聞き比べてみた。あ、あ、だいぶ、日本語の音が違うね。たぶん。いや、アルファベッドの氾濫の影響なんて弱いだろうけど。ただ、やっぱり、時代ごとで全然発音とかニュアンスって、違ってくるね。こんなちょっとのサンプルじゃ、ちゃんと確かめたことにならないけど。ところで、鈴木慶一を久しぶりに聴いたから、タイトルがカメラ=万年筆なんですよ。

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