はっとり浩之オフィシャルブログ

2013年7月18日

高槻10年Revisited

カテゴリー: 未分類 — hattori @ 12:01 AM

先日、友人たちと高槻に行ってきた。
昔よくやったように、アルプラザのロッテリアで待ち合わせ。
懐かしの学校までバスに揺られて山を登り、学校を眺めた後、山道を歩いて降りて、帰りに摂津峡で水遊びしてきた。
そのあとは山水館で一風呂だ!

いつも、道を歩きながら歌を歌う癖があって、既存曲の場合もあるんだけど、適当に作っちゃうときも多い。
今回は、「高槻音頭」ってのを作って歌ったぜ。
最初は、マーヴィン・ゲイの「セクシュアル・ヒーリング」の「ウェンネヴァ・ブルゥ・ティアドロップス・アー・フォーリング」のフレーズを連呼してたんだけど、塚脇のバス停のあたりまで歩いていたら、急に自作で歌いたくなってきた。

山を見た
川も見た
頭がいっぱいになっちゃった

山を見た
川も見た
頭が真っ白になっちゃった

忘れたいこと多すぎて
疲れきってて大人になって
捨て去りたくて
置き去りにして

やなことを(あ、ホレ!)
この町に(あ、ホレ!)
忘れに来たんだよぉ(あぁー、ヨイヨイ!)

やなことを(あ、ホレ!)
この町で(あ、ホレ!)
ごみ箱に、ポイできたのさ(そりゃえぇのぉ!)

いいことなんてそんなになくても
取り合えず笑顔で笑っとけとか
頑張りすぎるな!

あぁ~
あぁあ~
高槻音頭だよぉ

ってな歌詞(合いの手は、友人たちがその場でやってくれた)で、友人の一人曰く「近年まれにみる傑作ですね」とのこと。
俺も結構満足度高かった。(笑)

それにしても、高槻も本当に、駅前は開発されたよねぇ。
俺が初めて、学校に通うために高槻にやってきたときには、アルプラザすらなかったんだ。
まだ、タクシーの乗り場が駅裏にあって、運ちゃんたちが休憩する安くてうまい立ち食いそば屋があった。
もちろん、駅前にミューズキャンパスなんかなかったし、古曾部町も古い家がたくさんあった。
駅前デパートの屋上庭園も閉演していなかったし、グリーンプラザにメイド喫茶もキャップ書店もなかった。
商店街に天神温泉なんかなかったし、昔は、阪急駅前には「膨らし粉」と学生たちに揶揄されている、衣ばかりの不味いとんかつ店があったんだ。
昔は、松坂屋の一階には、電気屋さんがあったんだ。
高槻の山も川も変わっていないけど、駅前の町並みは、相当に変化した。
俺は、俺は、涙が出そうになった。
不思議な気分だ。
今の高槻が嫌いなわけじゃない。
むしろ、10年前よりも、住みやすいと思う。
便利だと思う。
ただ、なんだか、感慨深かったんだ。

学生時代に通いなれた街並みを見ていて、こんなに感慨深くなったわけで。
最初に就職した会社があった、埼玉県蓮田市に行ったら、どんな気分になるんだろう。
嫌いで仕方がなかった町だけど、今ふと、訪ねてみると、好きになれるだろうか。

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